こどもと遊ぼうとしまえん
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としまえんのトイレなどの設備

としまえんの歴史 今年で開園94年を迎えます!

としまえん正面ゲート写真

としまえんは今年2020年でなんと開園94年を迎えます。その歴史を知ることでまた違った楽しみ方ができるかも知れません。

としまえんの住所は東京都練馬区向山3-25-1です。いきなりですが、この「としまえん」は今で言う豊島区や北区豊島にはなく、練馬区向山(こうやま)に位置しております。

この豊島区でもないところにとしまえんとつけられたのはどうしてなのでしょうか?

由来は豊島(としま)影村(かげむら)にあり

としまえんのホームページによるとかつてこのあたりの土地を治めていた鎌倉時代の武将である豊島景村(としま かげむら)に由来するようですね。

その後、樺太工業という会社の専務であった藤田好三郎が土地を大衆に公開したところが始まりだったようです。

 

としまえんは、大正15年、当時財界人の一人であった藤田好三郎氏が所有していた土地を、運動と園芸を東京市民に広く奨励するために公開したのが始まりです。

かつて、この土地を治めていた、豊島左近太夫景村の居城跡にあたることから、名前もそれにちなみ「豊島園」と命名されました。

としまえんHPより引用

 

1926年開園!昔は何があたった?

1926年(大正15年)9月15日にめでたく開園を迎えます。1926年というと第二次世界大戦が始まる前、今から94年前ですね。

そのときにはォーターシュート・ボート池・小動物園・音楽堂・温室・児童会館・テニスコートなどがありました。

当時はどちらかと言うと運動や園芸をメインとしていたようですね。いまのアトラクションというものはありませんでした。これは藤田好三郎氏のコンセプトで運動と園芸を推奨するための施設でしたのでそうなったようですね。

1938年(昭和13年)に自然動物園というものが開園しています。これが今のふれあいペットパークにつながっているのでしょうか?

1944年第二次世界大戦が激化して、閉園を余儀なくされます。

ただ戦後すぐに再開をしています。

戦後すぐ1946年に遊園地再開

戦後すぐの1946年にウォーターシュート・ボート・豆汽車・飛行船・動物園・野球場・テニスコートなどが再開されています。

戦後からほ毎年のように新しい設備、アトラクションを導入しており今の形に近づいていきます。そのなかでも、スクラップアンドビルドを繰り返しています。

なかでもアフリカ館という体験型のアトラクションは特に特徴が強いものだったようですね。これは今トイザらスになっています。

今でもパイレーツが廃止になったり、2016年にこどもの森がリニューアルされたり、、スクラップアンドビルドを続けています。

昔の名残が散らばるとしまえん

としまえんの特徴は昔のアトラクションや設備をさそのままの残しているところも多いのです。これなんだったの?というものもバリケードで囲ってあります。

ミニイーグルの奥、喫煙スペースの隣のカラフルな建物はウォークスルー型の西洋お化け館という建物だったようで、今は運用されていません。業務用の施設に使われているようです。

運用廃止されたパイレーツというバイキングの小さい乗り物もそのまま残っています。

さらに年間パスポートの木馬の会受付の施設は「古城の喫茶」というかつてレストランとして運用されていたものを、転用しています。

この古城というのはかつて豊島氏が治めていた練馬城が由来のようです。

としまえん正面
としまえんの歴史 「としまえん」になるまで閉園の噂もあり、2020年で94年という長い歴史を持つとしまえん歴史を再度おさらいしてみました。 前にも歴史を振り返ってみた記事も...

 

このように意図的かはわかりませんが、何でこんなところにこんな建物が?というものも点在しています。

その歴史を示す案内は残念ながらとしまえんのガイドにも乗っていないので確認のしようが無いことも事実です。

だからこそ想像するのも面白いのではないでしょうか?

まとめ 歴史を感じながら楽しむとしまえん

今あるアトラクションはとしまえんの歴史の流れの一部です。いつかはなくなって、新しいアトラクションができる時が来るのでしょう。

できるだけ多くのアトラクションに乗って、かつてはこんなモノがあったなぁと楽しむのも良いのかも知れませんね。

今も運用されているサイクロンやミステリーゾーンは導入されてから50年以上経っています。当然メンテナンスや改修を経て今に至っているのでしょう。

そんな時代を感じる乗り物の多いとしまえん、少し歴史を感じながら楽しむのも良いかも知れません。

おわり